`子ども YouTube やめない ルール パパ`

子どものYouTube問題を禁止なしで解決した、我が家の4つのルール

保育園から帰るなり、「YouTube見たい」が始まる。

「まだダメ」と言えば泣く。「少しだけ」と渡せば終わらない。気づいたら就寝時間になっていて、歯磨きをめぐってまた一戦。

この問題を「禁止」で解決しようとしたことがある。うまくいかなかった。


動画を「禁止」しなかった理由

私が子どものころ、テレビを禁止されていた。

友達が「昨日の○○見た?」と話しているのに、何のことかわからない。会話に入れない時間が長かった。今思えばたいしたことではないが、当時は地味に孤独だった。

ゲームも禁止されていた。その反動で中学生のとき、親の目を盗んでゲームにのめりこんだ。禁止されたものほど魅力的に見える。禁止されれば隠れてやる。手に入れたらやりすぎる。子どもというのはそういう生き物だと、自分の経験から思っている。

あの時間を部活や勉強に使っていたら、と今なら思う。ゲーム自体が悪いわけではない。付き合い方を学ぶ機会がなかったことが問題だった。

動画も同じだと思った。

この時代に動画と無縁で育つのは現実的ではない。大人だって動画を見る。娯楽として人生を豊かにするツールの一つだ。どうせ接するなら、うまく付き合う方法を子どものうちから身につけてほしい。そう考えて、禁止する選択肢を最初から外した。


作戦①:大人から動画を勧めない・見たいなら自分でやる

帰宅後、大人から「動画を見る?」と声をかけることはしない。

まずおやつを食べさせ、おもちゃで遊ぶよう誘う。それで機嫌よく過ごせる日はそのまま夕食になる。動画を見ない日も普通にある。

それでも「動画が見たい」となった場合は見せる。ただし条件がある。「やることをやってから、自分で」だ。

子どもが見たいと言い出したとき、手洗いを自分でやらせてみた。いつもは親が一緒にやっていたので半信半疑だったが、動機があると違う。石けんをつけて、蛇口をひねって、タオルで拭く。一人でやりきった。

目の前にニンジンをぶら下げているようで、手放しに褒められた方法ではないかもしれない。ただ、「自分でできる」という発見があった。動機さえあれば動けるということが、親にとっても子どもにとっても新しい気づきだった。何より親が楽になった。


作戦②:食事中は動画なし・子どもに自分で消させる

ご飯の時間は、家族全員動画なし・スマホなしにしている。子どもだけでなく、大人も同じルールだ。

共働きで平日に子どもと話す時間を意図的に作るのは難しい。保育園での出来事、今日何があったか、何が楽しかったか。食卓はそれを聞ける数少ない機会になる。「動画はご飯が終わってからね」の一言で、食卓が会話の場になる。

ただ、やり方を間違えると逆効果になる。

動画を途中で強制的に切ると、十中八九ぐずる。「ご飯なんだから消しなさい!」と声を荒げ、嫌がる子どもを無視して親が画面を閉じる。その後の食事がどうなるかは、想像の通りだ。

我が家では、動画を消す役を子どもに任せる。「ご飯だよ、自分で消してね」と伝えて、子ども自身に止めさせる。自分で終わりを決めると、気持ちの切り替えがしやすくなる。親に突然奪われるのと、自分で止めるのとでは、子どもの受け取り方がまるで違う。


作戦③:お風呂の時間で自然に区切る

「何時まで」と言葉でラインを引くと、毎回交渉になる。「あと5分」「もう1本だけ」が始まる。

我が家は「20時にはお風呂に入る」というルールを先に作った。

18時に帰宅して手洗い・おやつ・夕食をこなすと、動画を見られる時間はせいぜい30分ほどになる。20時のお風呂に入ってしまえば、そこで自然に終わる。

「動画をやめなさい」と言う必要がない。「お風呂の時間だよ」で終わる。子どもと戦わずに済む。時間のルールより生活のルールで区切る方が、摩擦が少ない。

もう一つ、思わぬ副産物がある。親の動きがきびきびするようになった。

我が家はお風呂に入ったらそのまま寝室に移動し、その夜はリビングに戻らない。つまり、リビングでやるべきことはすべてお風呂の前に終わらせる必要がある。部屋の片づけ、食事の後始末、ごみ出しの準備——やることを書き出すとそれなりにある。「20時まで」という締め切りがあると、だらだら先延ばしにしなくなる。子どもの動画問題を解決しようとしたら、大人の生産性も上がった。


作戦④:見せるものを選ぶ

YouTubeを全面禁止にはしていないが、子ども向けのYouTube動画はなるべく見せないようにしている。

中身のない動画、ぼんやり眺めるだけで時間が溶けていくもの、教育上好ましくない表現が混ざっているもの——特に海外動画にその傾向が強い。完全に排除はできないが、できるだけ遠ざけている。

どうせ見るなら、残るものを見せたい。

我が家が選んだのはディズニーとジブリだ。ディズニーはDisney+で視聴している。外出中もスマホやタブレットで見られるのが便利で、待ち時間や移動中に重宝している。ジブリはDVDプレイヤーとDVDを購入した。妻がもともとジブリの大ファンだったのでそろっていた。

これらの作品は、知っていれば知識になる。音楽が多いので言葉を覚えるきっかけにもなる。繰り返し見ても飽きない構成で、見るたびに気づくことがある。YouTubeのショート動画とは根本的に作りが違う。

我が家の子どもたちが今一番好きなのは「崖の上のポニョ」だ。毎日少しずつ、何度も見ている。同じ場面で同じように反応して、同じところで笑う。そのうち飽きるかと思っていたが、一向に飽きる気配がない。繰り返し見ることで、セリフや歌を自然に覚えている。長い作品を「今日はここまで」と自分たちで区切って見られるのも、動画との付き合い方の練習になっている気がしている。


まとめ:禁止より、付き合い方を教える

動画をやめさせることが目的ではない。動画と上手に付き合える人間に育てることが目的だ。

禁止すれば今は見なくなるかもしれない。でも、禁止が解けたとき、あるいは親の目が届かなくなったとき、どうなるかは自分の経験でわかっている。

幼少期は親がルールを決める時期だと思っている。自制心はまだない。代わりに仕組みを作ってやる。時間を区切り、内容を選び、食卓では一緒に話す。それだけで、動画は敵ではなくなる。

完璧なルールはない。我が家のやり方が全員に合うわけでもない。ただ、「禁止しない・でもルールはある」というスタンスは、今のところうまく機能していると思っている。

類似投稿

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です