育児で精神的限界を迎えた話——1〜2年目に気づいたこと
まず前提として書いておく。
子どもが3歳ごろまでの育児は、どんな親でも、どんな子でも、しんどい。聞き分けのいいおとなしい子だったとしても、それは変わらない。
しんどさは子どもの人数に比例する。1人より2人、2人より3人。3人目は楽だという人がいるが、それは年齢差による。年の離れたきょうだいなら上の子に余裕が出てくる分、負担が分散される。年子や双子のように年齢の近いきょうだいが3人いる場合は、また話が別だ。
その大前提のうえで、私の話をする。
子育てを始めて最初の1〜2年は、精神的な限界を感じた時期だった。
仕事では部署異動があった。生活環境も大きく変わった。でも何より、子どもが生まれたことが一番大きかった。
あとになって整理できたことだが、しんどさの根は大きく2つあった。一つは子どもに対する思い込み。もう一つはママとの考え方のすれ違いだ。
🎯 クエスト名:育児しんどい期を生き延びる
✅ 達成条件:限界を超えた先に、自分なりのやり方を見つけること
原因①「泣かせないようにしよう」という呪縛
思い返すと、一番の呪縛はここにあった。
子どもが泣いている。止めなければ、と思っていた。泣いたらすぐに泣き止ませなければ、と思っていた。
子どもが生まれる前、誰かが長時間泣き続けるという状況は存在しなかった。だから、泣き声=良くないこと、というイメージが染みついていた。
結果、やることが完全に空回りした。
車の後部座席で泣き続ける子どもを、叱りつけた。泣き止まなかった。
次男が1歳のとき、パパに怒られて大泣きしていた。あやそうと抱き上げようとしたが、嫌がって体をのけぞらせた。それでも抱っこしようとした。泣き声はさらに大きくなった。イライラした。
完全に逆効果だった。
気づくのに時間がかかった。子どもは泣くことでしか自己主張できない。泣き声はコミュニケーションなのだ。それをわかっていなかった。
マインドを変えた。子どもは泣くもの。 泣き止まなくてもいい。やれることをやって、それでも泣き止まないなら仕方ない——人事を尽くして天命を待つ。
それよりも、泣く原因を把握することに力を注いだ。いつミルクを飲むのか。何をすると笑ってくれるのか。機嫌が悪くなるのはどんなタイミングか。泣いたとき、何をすれば落ち着くのか。ひたすら観察して、試した。
泣き声への耐性は、工夫で身につくものではなかった。ただ育児に関わり続けることで、少しずつ積み上がっていくものだった。
一つ、これと関係して思うことがある。
子どもの泣き声にすでに慣れているママが、落ち着いて対応しているとき。それを見て「なんで泣き止ませないんだ」とイライラするパパがいる。それはド三流だと思う。慣れているから落ち着いていられるのであって、泣き声に動じないのはむしろ正しい対応だ。
ただし、これには条件がある。
「子どもは泣くもの」は、あくまで家の中だけのルールだ。
他人が絡む場面——電車の中、レストラン、病院の待合室——では話が変わる。泣き止ませる、もしくは泣き止ませようとする努力をすることは、親の義務だと思っている。「うちの子は泣くもの」を他人に押しつけてはいけない。
原因②ママとの考え方のすれ違い
しんどさのもう一つの根は、ここにあった。
育児は精神的にも肉体的にも大変だ。私の持論だが、生物学的に女性のほうが男性より育児への適性・耐性が高い。つまり、育児における母親のウェイトが多くなる傾向は極めて高い。
そのうえで、多くの父親が勘違いしていることがあると思っている。
母親は、無償の愛を子どもに無限に注げる——そう思っていないか。
私もそう思っていた一人だ。でも、そんなことはない。母親もとんでもないストレスを抱えている。それを1人で溜め込んでいることが多い。
さらに、育児のイライラは育児そのものだけが原因ではない。育児によって発生する出費の多さも、積み重なるとじわじわ効いてくる。
ストレスを解消するためにかかる出費がある。
近くのコンビニにスイーツを買いに行く。散歩がてらスタバでお茶をする。子どもが寝ている間の小休憩に読む漫画や本を買う。食事を作るのがどうしてもしんどい日のための冷凍食品。こういった食費・娯楽費が増えていく。
これは無駄遣いではない。必要経費だ。 そしてこの出費は、使った人が1人で負担するものではなく、2人で捻出するものだと思っている。
この認識のずれが、すれ違いを生む。
では、どうしたか。
まず、自分の時間と妻の時間を計画的に確保した。地元から離れた場所での育児で、頼れる親族はいない。保育園にも入れていなかった。自分だけが休んでも妻が大変になる。だから、スケジューリングで解決した。週に何時間か、交互に1人の時間を取る。「休める日がいつか」が見えているだけで、日常のしんどさがずいぶん違った。
次に、妻に外に出てもらうことにした。専業主婦として子どもと過ごす時間が長く、ストレスが積み重なっていた。妻が自ら提案したのは、託児所が併設されているパートだ。子どもを預けながら働ける。家族以外の人と話せる。これが良い気分転換になっていたそうだ。
最後に、家事の分担を明確にした。平日は夕飯の片づけ・洗い物・洗濯物・ゴミの取りまとめとゴミ出し。休日は平日の家事に加え、家の掃除・食事の準備と片づけもパパの担当と決めた。担当を決める前は、お互いが「やってもらえると思っていた」ことで不満が生まれていた。明確にしてからは、その種の摩擦が消えた。
まとめ:育児の精神的限界を超えてわかったこと
精神的に限界を迎えていたころの自分を振り返ると、全部を自分でコントロールしようとしていたことがわかる。
子どもの泣き声も、自分の休息も、妻のストレスも、家事の流れも。全部を完璧に管理しようとして、全部が崩れた。
やったことは、どれも「手を抜く」ことではなかった。
泣き声へのマインドチェンジも、スケジューリングも、妻のパートも、家事分担も——どれも「できることをやって、あとは仕方ない」と決めることだった。
今は、子どもが泣いていても以前ほど焦らない。妻との関係も、仕組みがあるので安定している。完璧にやろうとしていたころより、うまくいっている気がする。
力を抜くと、むしろ回る。
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